books ■ おばちゃんたちのいるところ by 松田青子
松田青子さんといえば、カレン・ラッセルの小説を翻訳していて、いろんな雑誌でコラムを書いていて、柴田元幸さんが編集するMONKEYにもよく登場していて、インスタにはかわいい猫の写真をたくさんあげていて…と、あちこちでよくお見かけするものの(一度MONKEYの刊行記念イベントでも朗読されていたのでお姿も拝見したことあり)、松田青子さんの作品はまだ読んだことがありませんでした。
松田さんの作品の中でも、特に気になっていたのは黄色い表紙がすてきな『おばちゃんたちのいるところ』。今年の7月、English PENが主催するPEN Translates Awards(*)の一作に選ばれたことで、来年Polly Bartonさんの訳で英語版が刊行されることがわかり(しかも版元はHan KangのThe Vegetarianを英訳してブッカー国際賞を受賞したDeborah Smithさんが代表のTilted Axis)、これは読まねばということで、手に取りました。
(*)英語圏以外の作品をイギリスで翻訳出版する際に助成金を得られるスキーム。今年は17作品が選ばれました。
それが予想以上にめちゃめちゃおもしろかった…!
短編集なのですが、一遍一遍がよく知られた歌舞伎や落語だったり怪談をモチーフにしていて、死んでいる人と生きている人(とその中間あたりの人?)が違和感なく共存している、とても不思議でユニークな作品。死んだ人が出てくるけれど暗くなくて、むしろ明るい。ひとつひとつのお話がバラバラなようでいて実はゆるーくつながっている構成もおもしろい。読み進めるほどにどんどんおもしろくなっていきます。
リズミカルな文章とクスっと笑ってしまうような抜群のユーモアのセンス。そして、ふわっとしたお話の中にスパッと痛烈に現代社会(というか日本?)を突き刺すようなメッセージが挿入されていて、うんうんうなずきながら読みました。
その中でも、私がぶんぶんと激しく首をふってしまった箇所の一例を。
普通の人間のふりをして生きてきた女性が、自分のほんとうの姿を知って生き生きと生きる様子を描く「クズハの一生」というお話の中で、主人公の女性が新しく職場に入ってきた若い男の子をみて語る一文。
“…男というプレッシャーを背負え、背負え、俺たちと同じように背負えと、上の世代の男たちから常に見張られているようなところもあり、ますますかわいそうではあるが、まあ、そんな監視は無視すれば良いだけの話だ。時代は変わる。静かに見てきたクズハにはっきりと言えるのは、上の世代の男たちは基本ほとんど屑(くず)に近いということだ。“
その他にも、
“接待などもするのかと思われる人もいるかと思うが、我が社は接待のような思考回路が停止したことはしない。”(「『チーム・更科』」より)
などなど。
特に好きだったのは「クズハの一生」、「燃えているのは心」、「楽しそう」、「菊江の青春」というお話。
イラストもかわいい。すべて読み終わったあとに、表紙まわりのイラストを改めてみると誰がどのお話の登場人物かがわかります。
松田さんの他の作品もぜひ読みたいと思います。
おばちゃんたちのいるところ - Where the Wild Ladies Are
- 作者: 松田青子
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2016/12/07
- メディア: 単行本
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books ■ Born a Crime by Trevor Noah
メモワールを読むのが好きで、定期的にアメリカとイギリスのAmazonのランキングをチェックしては、おもしろそうなものはポチッとしています(洋書はKindle派)。
今月読んだのは、アメリカの風刺ニュース番組『ザ・デイリー・ショー』の司会として活躍するコメディアン、トレバー・ノアによる『Born a Crime』。
恥ずかしながらこの本を読むまで彼のことを知らなかったのですが、メットガラに参加するほどの超セレブのようですね。
Trevor Noah on His Favorite Moment at Met Gala 2016
そんな彼ですが、アパルトヘイト時代の南アフリカで黒人の母と白人の父の間に生まれました。当時の南アフリカでは異人種間で男女関係を持つことは犯罪だったため、身を隠すようにして子供時代を過ごしたそうです。
と聞くと、なんだかとても深刻な話なのかと思ってしまいますが、アパルトヘイト時代を「混血」として生きた著者と、どんなに貧しく不運が続いても、いつも前向きで明るいトレバーのお母さんの逞しさが生き生きとユーモアたっぷりに描かれていて、何度電車の中で笑いそうになったことか……。
私の100万倍ぐらいポジティブでパワフルな女性(トレバー・ノアのお母さん)にたくさん元気をもらいました。
この本ではトレバーの少年時代のエピソードや、お母さんとの関係、アパルトヘイト下の南アフリカの人々の暮らしぶり、などが主に描かれています。
トレバーがどのような経緯で南アフリカを越えてアメリカで成功したか、というところまではわからなかったので、少し物足りなさを感じたのが正直なところ。続編を期待しよう。
この本を読んで以来、心が折れそうになるたびに、
「トレバー・ノアのお母さんだったら、笑い飛ばすはず」と、
なんだかトレバーのお母さんが隣で応援してくれているような気がして(勝手に)励まされています。
(補足)5月に日本語版がでたので、日本語でも楽しめますよ~。
Born a Crime: Stories from a South African Childhood
- 作者: Trevor Noah
- 出版社/メーカー: Spiegel & Grau
- 発売日: 2017/09/19
- メディア: ペーパーバック
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books ■ Mothering Sunday by Graham Swift
今年に入って同僚と新潮クレストブックスを読む会という読書会をはじめました。これまでに読んだ本は『運命と復讐』、『ノーラ・ウェブスター』、『オープン・シティ』。
そして5月の課題はグレアム・スウィフトの『マザリング・サンデー』でした。
実は、去年の春ごろロンドンに行った際に原書を買っていました。ちょうどその時期にペーパーバック版が出たばかりだったようで、地下鉄の駅のあちこちでポスターを見かけたので、その見た目に惹かれて中身もよく見ずにジャケ買いしたのがこの本でした。
(だってこのモディリアーニの絵を大胆に使ったカバー、とってもステキじゃありませんか!)
原書はそのまま積読になっていたので、この度クレストブックスシリーズから刊行されてとてもうれしかった…!
前置きは長くなりましたが、この本では1924年3月のマザリング・サンデー(母の日)に、とあるお屋敷に仕えるメイドの女性に起こるできごとを、後年の彼女自身が思い出すように語られます。
当時イギリスではこのマザリング・サンデーのみ、使用人たちが里帰りすることが許されたそう。この本の主人公ジェーンは孤児なので帰る里もなく、別のお屋敷の跡継ぎ息子である恋人に会いに行くのですが、実はこの彼、数週間後には別の女性と結婚することになっていて…
という話ですが、この本のすごいところは身分違いの恋、という話にとどまらず、後年作家となったジェーンが、いかにこのマザリング・サンデーに起こったできごとが彼女の人生を大きく変えたかを振り返りつつ、作家とは何か、人間にとって想像力とは何なのか、というところまで話を展開していくところにあります。
たった150ページ(原書)足らずの中編でここまでの話にするとは…! かなり衝撃的でした。
過去と現在を話が飛ぶ構成も複雑なのに、すっきり読めて。それからジェーンと恋人が二人で過ごすシーンもリアルで、それがとっても艶めかしい(笑)
グレアム・スウィフトは本作で「最良の想像的文学作品」に贈られるホーソーンデン賞を受賞したそう。彼の作品を読むのは初めてだったけど、代表作ともいわれている『ウォーターランド』やブッカー賞受賞作の『最後の注文』も読んでみたい。
それから、日本語版の訳者あとがきがとても良かったです。訳者あとがきって淡々と解説だけで終わってしまうものもあるけれど、この訳者の方の解釈というか、この本の見方にとても感動して、思わず付箋を貼ってしまったほど。
もちろん訳もとてもすばらしく、翻訳の勉強のために原書と日本語版を読み比べしているのですが、けっこう大胆に訳しつつも原書の雰囲気がそのまま残っていて、しかも時々でてくるちょっと古めかしい言葉遣いがこの小説の舞台にとても合っていて…勉強になります。
「ちょろちょろ」という表現は名訳だと思う(と、読書会のメンバーと興奮して話しました)。「ちょろちょろ」がなんのことかはここでは書けないのでぜひ本を読んでください(笑)
余談ですが、私は原書のカバーがやはり好きです。大胆に裸で横たわる女性が、マザリング・サンデーの日にジェーンが恋人に見せた姿に、そして大胆に未来を切り開いていくジェーンの生き様に重なるからです。